大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)5664号 判決 1990年5月17日
主文
一 被告らは、各自、原告藤本とくに対し金三四七万五五〇一円、同藤本和美、同藤本尚及び同藤本広子に対しそれぞれ金七七万一八三六円、同藤本ちゑに対し金五五万円並びに右各金員に対する昭和六一年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。但し、被告大阪施設工業株式会社については、同被告が金六〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告藤本とくに対し金二一四一万五七四二円、同藤本和美、同藤本尚、同藤本広子に対しそれぞれ金七八六万六七二三円、同藤本ちゑに対し金一〇九万二二一四円及び右各金員に対する昭和六一年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行の免脱宣言(但し、被告大阪施設工業株式会社のみの申立て)
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和六一年六月一八日午前三時五〇分ころ
(二) 場所 京都府舞鶴市字真倉小字橋谷口一の瀬橋南詰
(三) 態様 訴外井田益夫(以下、「訴外井田」という。)が軽四輪貨物自動車(京都四〇せ八二二五号以下、「事故車」という。)を運転して右場所を進行中、センターラインを越えて道路右側のガードレール支柱等に激突した。
(四) 結果 本件事故により、事故車に同乗していた訴外藤本實(以下、「訴外實」という。)が受傷し、同日午前六時三五分ころ死亡した。
2 責任原因
(一) 被告大阪施設工業株式会社
(1) 運行供用者責任
被告大阪施設工業株式会社(以下、「被告会社」という。)は、本件事故当時、被告岡八郎(以下、「被告岡」という。)から事故車を賃借し、これを自社の業務のために使用していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条にいう運行供用者として、本件事故により訴外實及び原告らが被った損害を賠償する責任がある。
(2) 使用者責任
訴外井田は、眠気を覚えたにもかかわらず、運転を一時停止する等の措置をとらずに漫然と運転を継続し、そのため居眠り状態に陥って事故車を道路右側に逸脱させたという過失により本件事故を起こしたものであるところ、訴外井田は被告会社の従業員であり、本件事故は被告会社の業務の執行中に惹起されたものであるから、被告会社は、民法七一五条に基づく使用者責任も負う。
(二) 被告岡(運行供用者責任)
被告岡は、事故車の所有者であり、事故車を月額二万五〇〇〇円の賃料で被告会社に賃貸していたが、自己の負担で自賠責保険及び任意保険に加入し、事故車の税金、車検費用、修繕費もすべて自己において負担していたものであるから、自賠法三条にいう運行供用者として、訴外實及び原告らが被った損害を賠償する責任がある。
3 訴外實と原告らの身分関係
原告藤本とく(以下、「原告とく」という。)は訴外實の妻、原告藤本和美、同藤本尚及び同藤本広子(以下、それぞれ「原告和美」、「原告尚」、「原告広子」という。)は訴外實の子である。
原告藤本ちゑ(以下、「原告ちゑ」という。)は訴外實の義母である。
4 損害
(一) 治療費(書類作成費用を含む。) 二五万八一四〇円
(二) 訴外實の逸失利益 四八七〇万八一二六円
(1) 稼働能力喪失による逸失利益 二四五二万六二一五円
訴外實は、本件事故当時、五七歳の男子であって、農業を営む傍ら、被告会社の軌道工として働き、更に農作業及び山林作業の日雇い労務にも従事していた。従って、本件事故に遭わなければ、同人は、六七歳まで一〇年間稼働し、その間平均して、賃金センサスによる五七歳の男子労働者の平均年収額である四四一万円程度の収入を得ることができるはずであった。そこで、右収入から、生活費として三〇パーセントを控除し、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡時の逸失利益の現価を算定すると、次の算式のとおり二四五二万六二一五円となる。
(算式)
4,410,000円×0.7×7.945=24,526,215
(2) 船員保険老齢年金受給権喪失による逸失利益
ア 訴外實は、本件事故当時、年額一九二万〇八〇〇円の船員保険老齢年金(以下、「本件年金」という。)を受給しており、同人が生存している限り、これを受給することができたものであるが、本件事故死により、右受給権を喪失した。
ところで、恩給法に基づく普通恩給(以下、「恩給」という。)、国家公務員等共済組合法及び地方公務員等共済組合法に基づく退職年金(以下、「共済年金」という。)については、最高裁判例によって、公務員本人及びその収入に依存する家族に対する損失補償及び生活保障の性格を有するとして、当然の如くその逸失利益性が肯定されているが、本件年金も、以下に述べるとおり、恩給及び共済年金と同一の性格を有するものであるから、逸失利益性が肯定されるべきである。
<1> 恩給及び共済年金には、労務の対価という性格があり、給与の後払いとしての性格があるとされているが、本件年金も、労働者が事業主と折半して保険料を負担する一部拠出制を採用しており(船員保険法六〇条)、原則として一五年以上の被保険者期間を経過した労働者が退職などにより被保険者資格を失ったときにはじめて支給され(昭和六〇年改正前の同法三四条)、支給額は被保険者期間の平均標準報酬月額が基礎となっていること(改正前の同法三五条)からすると、本件年金の支給には、恩給及び共済年金と同様、賃金ないし給与の後払いとしての性格があり、少なくとも受給権者の従来の稼働上の地位に基づくものということができる。
<2> 恩給及び共済年金と同様、本件年金も受給権者の死亡が受給権の消滅原因とされており、かつ、受給権の譲渡、担保提供、差押えは原則として禁止されている。年金受給権が一身専属的な権利であり、相続が認められないことが逸失利益性を否定する理由になるのであれば、それは恩給及び共済年金についてもいえるはずであるところ、これらについては、前記のとおり逸失利益性が肯定されているのであるから、本件年金が一身専属的な権利であるということは、逸失利益性を否定する理由にはならない。
<3> 本件年金についても、給付事由が第三者行為によって生じた場合には、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を保険者たる政府が取得し、かつ、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度で給付をしないことができるとされているが、各種年金の中でこの規定がないのは恩給のみであり、この規定の存在は、本件年金に損失補償的性格があることを示すものである。
<4> 本件年金の額は、基本年金額と加給年金額の合計額であるとされているところ、そのうちの基本年金額は報酬比例部分と定額部分からなり、定額部分は所定の金額に被保険者期間の月数を乗じて得た額であり、報酬比例部分は被保険者であった全期間の平均標準報酬月額(被保険者期間の計算の基礎となる各月の標準報酬月額を平均した額)に所定の係数を乗じた額に、被保険者期間の月数を乗じて得た額である。このように、基本年金額は在職時の所得及び在職期間を主な基準として算出されるものとされており、この点は恩給や共済年金と変わりはない。
確かに本件年金には、受給権者によって生計を維持している配偶者及び子がいる場合に、その数に応じて年金を増額して支給する加給年金制度があるが、その額は僅かであり、このことを理由に生活保障的側面が強いということはできない。ちなみに、昭和六一年四月の改正により、共済年金にも加給年金制度が導入されており、加給年金制度があることが逸失利益性を否定する理由になるのであれば、共済年金についても、その逸失利益性を否定しなければならないことになる。
イ 訴外實は本件事故当時五七歳であり、五七歳男子の平均余命は二二年であるから、本件事故に遭わなければ、同人はなお二二年間生存し、その間前記額の本件年金を受給できるはずであった。そこで新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除し、就労可能な一〇年間については、右(1)において生活費の控除をしているのでここでは控除せず、就労可能期間経過後の一二年間についてのみ三〇パーセントの生活費控除をして、本件年金の受給権喪失による逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次の算式のとおり、二四一八万一九一一円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。
(算式)
<1> 1,920,800円×7.945=15,260,756
<2> 1,920,800円×(1-0.3)×(14.580-7.945)=8,921,155
<3> <1>+<2>=24,181,911
(三) 原告らの扶養利益喪失による損害(予備的請求原因) 二四一八万一九一一円
仮に、(二)(2)の本件年金の受給権喪失による逸失利益が認められないとすれば、原告らは、訴外實の本件事故死により、同人からの扶養を受ける利益を喪失しており、その額は右逸失利益の額を下らないので、同額をそれぞれの相続分に応じて請求する。
すなわち、訴外實の生前、同人及び原告らは、訴外實の給与所得、農業所得及び本件年金と原告とくの給与所得等とで生活していたのであるが、訴外實の本件事故死により、その給与所得及び本件年金がなくなり、農業所得も田を以前の六割位に減反せざるを得なくなったため減少した。従って、原告らは本件事故により、訴外實から扶養を受ける利益を侵害されたことになるところ、その額は、本件事故死によって失われた本件年金の額を下らないから、被告らは少なくとも本件年金の逸失利益の限度において、原告らの扶養利益喪失による損害を賠償すべきである。
(四) 慰謝料
訴外實は、一家の支柱として生計を支えてきており、同人の死亡に伴う慰謝料は、以下の金額を下らない。
(1) 訴外實 六〇〇万円
(2) 原告とく 六〇〇万円
(3) 原告和美、原告尚、原告広子 各三〇〇万円
(4) 原告ちゑ 一〇〇万円
(五) 葬儀費用 一〇〇万円
訴外實の葬儀のため、原告とくは、右金員の出捐を余儀なくされた。
(六) 弁護士費用 三〇〇万円
(七) 損害の填補
(1) 自賠責保険金 二五二五万八一四〇円
(2) 労災一時給付金 三〇〇万円
(3) 被告会社からの見舞金 五〇万円
(4) 訴外井田からの見舞金 一〇万円
(5) 合計 二八八五万八一四〇円
(八) 原告らの請求額
(1) 原告とく 二一四一万五七四二円
ア 訴外實の損害賠償請求権の相続分 一三〇五万四〇六三円
訴外實の前記治療費、逸失利益及び慰謝料の各損害合計額五四九六万六二六六円から既払合計二八八五万八一四〇円を差し引いた二六一〇万八一二六円の二分の一を前記身分関係に基づいて相続した。
イ 固有の慰謝料 六〇〇万円
ウ 葬儀費用 一〇〇万円
エ 原告とくが、負担すべき弁護士費用 一三六万一六七九円
{(258,140円+48,708,126円+6,000,000円)-28,858,140円}÷2+6,000,000円+1,000,000円+1,361,679円=21,415,742円
(2) 原告和美、原告尚、原告広子 各七八六万六七二三円
ア 訴外實の損害賠償請求権の相続分 各四三五万一三五四円
右二六一〇万八一二六円の六分の一を前記身分関係に基づいてそれぞれ相続した。
イ 固有の慰謝料 各三〇〇万円
ウ 原告和美、原告尚、原告広子が負担すべき弁護士費用 各五一万五三六九円
26,108,126円÷6+3,000,000円+515,369円=7,866,723円
(3) 原告ちゑ 一〇九万二二一四円
ア 固有の慰謝料 一〇〇万円
イ 原告ちゑが負担すべき弁護士費用 九万二二一四円
よって、被告ら各自に対し、原告とくは二一四一万五七四二円、同和美、同尚及び同広子はそれぞれ七八六万六七二三円、原告ちゑは一〇九万二二一四円並びに右各金員に対する不法行為の日の後である昭和六一年六月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(特記以外は被告ら共通)
1 請求原因1(交通事故の発生)は認める。
2 同2(責任原因)について
(一) 被告会社
(1) 被告会社が、本件事故当時、被告岡から事故車を賃借して自社の業務のために使用していたことは認める。
(2) 訴外井田が被告会社の従業員であったことは認めるが、その余の事実は否認する。被告会社の現場作業員の業務は、作業現場に集合して開始され、作業終了後の現場における終了点呼によって終了するものであり、事故車の運転は被告会社の業務ではない。
(二) 被告岡
被告岡が、本件事故当時、事故車を所有し、これを被告会社に賃貸していたことは認める。
被告岡は、事故車を昭和五七年六月ころ購入して使用していたが、不要となったため、これを放置していたところ、被告会社からの依頼により、昭和五九年一一月から、賃料月二万五〇〇〇円の約束で期限を定めることなく、被告会社に長期貸出の予定で賃貸していたものである。以後、事故車は一貫して被告会社が使用・管理し、さらに昭和六一年三月ころからは、事故車の側面にペイントで「大阪施設工業」と大きく表示しており、被告岡は、事故車の運行に関する支配や管理から完全に離脱している。
以上のとおりで、本件事故当時、被告岡は、事故車の運行について、これを支配することもその利益を受けることもなかったから、事故車について運行供用者責任はない。
3 同3(訴外實と原告らの身分関係)は認める。
4 損害
(一) 同4(一)は認める。
(二) 同4(二)について
(1) 稼働能力喪失による逸失利益について
争う。
訴外實には、原告主張の平均収入額を得られる蓋然性はない。すなわち、訴外實は、昭和五八年ころから被告会社現場作業員として勤務していたものであり、その給与所得は本件事故前年間一六六万円余にすぎず、農業収入も、訴外實が一人で従事して得たものではなく、むしろ妻の原告とくが主で、訴外實は被告会社に勤務する傍ら妻の農作業を手伝っていたと見るのが相当であり、その寄与度は五〇パーセント以下と考えられる。
従って、現実の収入を基礎に逸失利益を算定すべきであり、また、生活費控除は四〇パーセントとするのが相当である。
(2) 本件年金の受給権喪失による逸失利益について
訴外實が本件事故当時、年額一九二万〇八〇〇円の船員保険老齢年金を受給していたことは認めるが、これの喪失が本件事故による逸失利益となるとの主張は争う。
本件年金は、国民年金法に基づく老齢基礎年金や厚生年金保険法に基づく老齢年金と同様、被保険者の生活保障的性格を強く帯びているものであり、受給者が死亡したときはその事由の如何を問わずに消滅し、その受給権は性質上一身専属権であって相続の対象とならないし、そもそもその受給権は労務の対価ではないから、その受給権の喪失は逸失利益とはなり得ないものである。
さらに、訴外實の遺族には、現在、年額八五万九一〇〇円の遺族厚生年金が支給されているほか、平成元年七月からは、後記のとおり年額六七万二七九八円の労災遺族年金が支給されているのであるから、訴外實の生活費を考慮すると、同人に扶養されていた遺族らには同人生前以上の給付があることになり、実質的にみても、本件において、本件年金の逸失利益性を否定することに何ら不合理な点はない。
仮に、本件年金の受給権の喪失が逸失利益となるとしても、原告らには遺族厚生年金八五万九一〇〇円が支給されるのであるから、将来分についてもこれを控除すべきであり、また、訴外實は年金収入も合わせた収入で生活していたのであるから、収入全額につき四〇パーセントの生活費控除をすべきである。
(三) 請求原因4(三)は否認する。
本件年金は被保険者の現在の生活保護を主目的とする生活保障制度であり、被保険者の被扶養者に対する扶養等を予想するものではなく、仮にこの趣旨が含まれているとしても、被保険者の死亡後に残された被扶養者には遺族年金が支給され、これによって右扶養相当分は十二分にカバーされるから、原告らには扶養利益喪失による損害はない。
(四) 同4(四)ないし(六)は不知。
(五) 同4(七)は認める。
(六) 同4(八)は争う。
三 抗弁(被告ら共通)
1 過失相殺ないしは好意同乗減額
(一) 本件事故は、訴外井田、訴外實らが前日午後一〇時に出社して、和知駅と下山駅間で当日の午前三時までレールを運ぶ作業に従事したのち、下山駅から舞鶴に帰る途中で発生したものであり、訴外井田は前日早朝からの作業に続いての夜勤のため、本件事故当時相当疲れていた。
(二) 本件事故当時、事故車の運転は誰がするとも決まっておらず、作業員同士の話合いで決められており、運転免許は訴外實も持っており、同人は、いつでも運転を代わることができた。
(三) 訴外實は、訴外井田が相当疲れていたことは一緒に働いていてわかっていたはずであり、また、助手席で居眠りをすれば、運転者も眠気を誘われることは、ドライバーとして、当然知っていたはずであるにもかかわらず、訴外井田に対し、事故車の運転の交替を申し出ることも話しかけることもなく、助手席で居眠りをしていたものである。
(四) 以上のとおり、本件事故については、疲れていた訴外井田に運転を任せ、その運転に何ら配慮することなく眠り込んでしまった訴外實にも過失があるというべきであり、相当の割合による過失相殺あるいは好意同乗減額がなされるべきである。
2 損益相殺
原告が自認する以外に、以下について損益相殺をすべきである。
(一) 治療費 二五万六七四〇円
昭和六一年一二月一一日、東京海上火災保険株式会社から原告とくに対し、自賠責保険金として二五二五万八一四〇円が支払われ、そのうちの二五万八一四〇円は原告の主張する治療費(書類作成費用を含む。)分として支払われたものであるが、右治療費二五万六七四〇円は、被告会社において、昭和六一年七月八日、舞鶴赤十字病院に直接支払っているから、原告らは、その自認する自賠責保険金のほかに二五万六七四〇円の損害填補を受けたことになる。
(二) 被告会社からの香典 五〇万円
被告会社は、昭和六一年六月一八日、原告らに対して原告らの自認する見舞金のほかに、香典として五〇万円を交付しているので、これも損益相殺の対象とすべきである。
(三) 労災遺族補償年金 一一一七万二〇四七円
(1) 訴外實の死亡に伴い、原告とく及び同和美に対し、労災保険から遺族年金として毎年六八万二一〇〇円が支給されることになっており、右年金についても損益相殺がなされるべきであるところ、右原告らのうちで平均余命の少ない原告とくの場合でも、平均余命は二六年余であるから、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して右年金の現価を計算すると、次の算式のとおり、一一〇二万五七四六円となる。
(算式)
672,798円×16.3879=11,025,746円
(2) 仮に、将来給付される予定の労災遺族補償年金が損益相殺の対象とならないとしても、原告とくは平成元年八月一日に五万九四八四円を、同年一一月一日に一七万〇五二五円を受給したから、右既受領額合計二三万〇〇〇九円について損益相殺がなされるべきである。
(四) 遺族厚生年金 二七九万〇八三八円
原告とくは平成元年一一月までに遺族厚生年金として、合計二七九万〇八三八円を受領しているから、これについても損益相殺がなされるべきである。
(五) 搭乗者保険金、 五〇〇万円
原告らは、訴外朝日火災海上保険株式会社から、搭乗者死亡保険金五〇〇万円を受領しているところ、これは、被告岡が契約者となっている保険会社から支払われているのであるから、損益相殺の対象とすべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(過失相殺ないし好意同乗減額)について
訴外實に過失があったとの点及び好意同乗であったとの点はいずれも否認する。
訴外井田は、本件事故当時、被告会社の現場作業主任の高倉金太郎の指示により、事故車を運転したものであり、訴外實は訴外井田と特に親しい友人関係にあったというわけでもなく、たまたま作業現場が同じであったことから、訴外井田の運転する事故車に乗ることになったのにすぎず、好意同乗というようなものではない。
2 抗弁2(損益相殺)について
(一) 抗弁2(一)は認める。
(二) 同2(二)のうち、香典として五〇万円受領したことは認めるが、これが損益相殺の対象になるとの主張は争う。
本件事故は被告会社の業務中の事故であり、かつ、訴外實は被告会社の社員であったのであるから、この程度の額は香典として相当な額であり、損益相殺の対象にはならない。
(三) 同2(三)について
(1) 原告とくが労災遺族補償年金の受給権者となっていることは認めるが、将来分についても損益相殺の対象になるとの主張は争う。
未受給の労災保険の遺族年金については、損益相殺されないというのが判例である。
(2) 原告とくが、労災遺族補償年金として二三万〇〇〇九円を受領したことは認める。
(四) 同2(四)のうち、原告とくが、遺族厚生年金として二七九万〇八三八円を受領したことは認める。
(五) 同2(五)のうち、搭乗者保険金として五〇〇万円を受領したことは認めるが、これが損益相殺の対象になるとの主張は争う。
搭乗者死亡保険金は、生命保険金とほぼ同じ性格のものであり、損益相殺の対象にはならない。
第三 証拠<省略>
理由
一 交通事故の発生
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 被告会社が本件事故当時、被告岡から事故車を賃借して自社の業務のために使用していたことは、原告らと被告会社間で争いなく、右事実によれば、被告会社は、自賠法三条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。
2 被告岡が本件事故当時、事故車を所有していたこと及び被告岡が被告会社に事故車を賃貸していたことは、原告らと被告岡との間で争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告会社は日本国有鉄道の近畿地区の管理局(現在、西日本旅客鉄道株式会社。以下、「国鉄」という。)の下請会社で、近畿一円において国鉄が所有する鉄道軌道の新設工事及び保守工事等を業務としているものであり、被告岡は、四〇年間国鉄に勤務したのち、昭和五五年四月から同五六年八月まで被告会社に勤務したことがあり、本件事故当時、被告会社福知山出張所長をしていた左近六右衛門(以下「訴外左近」という。)と親しかった。
(二) 被告岡は、事故車を昭和五七年五月に購入し、他の一台の自動車とともに当時福知山市内で営んでいた縫製業の業務に使用していたが、その後右二台とも不要となっていたところ、昭和五九年一〇月ころ、訴外左近から被告会社の業務用自動車が足りないので貸して欲しいと依頼された。そこで、被告岡は、使用料を月二万五〇〇〇円とし、自動車検査費用、自動車保険料、税金、タイヤ交換等の自然消耗の修繕費を被告岡が負担し、被告岡がこれを直接支払うが、その他の費用は被告会社が負担するという約定で、期間の定めをすることなく、被告会社に事故車を含む二台の自動車を賃貸した。
なお、被告岡は、当時同人名義で事故車のために東京海上火災保険株式会社と自賠責保険契約を、同様に朝日火災海上保険株式会社と自動車保険契約をそれぞれ締結していたが、右賃貸に際し、訴外左近から自動車保険の保険金額を最高額に増額してもらいたいと要求されたので、その旨の変更契約をして追加保険料を支払っており、また、事故車賃貸後の昭和六一年五月二六日に自動車検査を受けているが、その際の検査料及び自賠責保険料なども被告岡が負担した。他方、事故車の運行に要するガソリン代は被告会社が負担して、被告会社福知山出張所舞鶴作業所における作業員の送り迎え、作業用具、材料の運搬等の被告会社の業務のために使用されており、右賃貸後被告岡が事故車の返還を受けてこれを使用したことはなかった。
なお、昭和六一年四月ころからは、被告岡の承諾のもとに、事故車の車体の側面にペイントで「大阪施設工業株式会社」と記入されていた。
(三) 本件事故当日、事故車は、国鉄山陰線の和知駅から下山駅までのレール運搬作業に従事するために、前記舞鶴作業所の保線作業員である訴外井田、同實らの送り迎えに使用され、本件事故は、右作業終了後、舞鶴作業所に帰る途中で起きたものである。
右認定の事実によれば、被告岡は、被告会社に対して事故車を賃貸してはいたが、右賃貸借は特別な人的関係の故に締結されたものであるうえ、右賃貸借においては、自動車検査の受検及び磨耗したタイヤの交換等運行の安全確保の根幹となる部分は被告岡の責任範囲とされ、運行に伴って第三者が被る損害の担保となる自賠責保険及び自動車保険のいずれも被告岡が自己名義で、かつ自己の負担において締結するものとされ、そのとおり実行されていたのであるから、被告岡は、いまだ所有者としての事故車の運行を管理・支配し、自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場から離脱していたとは認められない。従って、被告岡は、自賠法三条に基づき、事故車の運行供用者として、本件事故によって生じた損害を賠償する責任があるものというべきである。
三 損害額
1 治療費
請求原因4(一)は当事者間に争いがない。
2 訴外實の稼働能力喪失による逸失利益
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 訴外實は、昭和四年五月六日生まれの男性で、尋常高等小学校卒業後、舞鶴市内の造船所や宮津市内の製材所に勤務したり、砂利採取船の船員をしたのち、昭和五八年一月ころから被告会社の舞鶴作業所に保線作業員として勤務するようになり、昭和六〇年中には一六六万五八〇四円の給料及び手当の支給を受けた。
(二) 原告ら方には、四九・七アールの水田と一二アールの畑があり、原告實の被告会社における勤務時間は、原則として午前八時から午後四時四五分までであり、昭和六〇年七月から同六一年五月までの勤務日数は多い月で二四日、少ない月は一二日であって、休みの日が多かったので、訴外實は、本件事故当時、被告会社に勤務する傍ら、勤務終了後の時間や休日等を利用するほか、妻である原告とくの協力も得て農業を営み、田(一毛作)では水稲、畑では苺、大豆、小豆、胡瓜、茄子、トマト、玉葱、大根及び白菜等を栽培していた。そして、収穫した米や野菜等のうち、自家消費分以外は農協や青果物市場に出荷しており、農作物全体の売上げは年間約一〇〇万円であった(昭和六〇年度の米の売渡数量は一般米が三〇袋、他用途米が三袋であり、野菜類のうち、同年中に農協に出荷したものの売上げ額は、苺が一五万三六〇〇円、大豆が二万一五〇四円、小豆が三万八四〇〇円であり、また、農林水産省経済局統計情報部編集の昭和五六年農産物生産費調査報告による京都府における水稲の粗収益及び経費を基礎に四九・七アールの稲作による所得を推計すると三一万〇六四五円となる。)が、肥料代及び農機具等の経費を控除すると、手もとに残るのは約六〇万円であった。
(三) 原告とくは、本件事故当時、日本特殊産業株式会社西舞鶴工場に勤務しており、その勤務時間は午前八時から午後五時ころまでであったが、勤務を終えたのちや休日等には農作業を手伝っており、機械の使用や力仕事が多い稲作については訴外實が主に作業を行っていたが、畑作については原告とくが中心になって作業をすることが多かった。
(四) 訴外實は、休日に近所の農家の農作業の手伝いを無償ですることがあった(訴外實方付近の農家では、農作業の忙しいときに互いに無償で手伝い合う慣行があった。)が、報酬を得て他家の農作業を手伝うこともあり、被告会社の休みの日にその他の日雇労務に従事することもあった。
(五) 本件事故当時、訴外實は、妻の原告とく、長男の原告尚、次女の原告広子、義母の原告ちゑ(以上の訴外實と原告らとの身分関係は当事者間に争いがない。)と同居していたが、長女の原告和美は、脳性小児麻痺による身体障害者で、施設に入って職業訓練を受けており、同原告には毎月二万円の送金をしていた。また、原告尚は志摩機械株式会社に勤務して収入を得ていたが、原告広子と原告ちゑは無職で訴外實の扶養を受けていた。
なお、<証拠>中には、自家消費分を合わせた原告實方の畑作による所得が一〇二万三七三四円と推計されるとの記載があるが、右推計は春に人参、キャベツ、苺を各四アール、夏には胡瓜、茄子、トマト、玉葱を各三アール、秋には大豆、小豆のほかにホーレン草を三アール、冬に葱を三アール、大根及び白菜を各四アール、里芋を一アール栽培したものとしてなされたものであるところ、右野菜等のうち、苺及び玉葱は冬に植付けをして五、六月ころに収穫するもの、また、大豆、小豆及び里芋の生育期は夏であって、他の野菜等と栽培期が重なり、一二アールの畑で右推計の基礎のように春夏秋冬に各一二アールずつの野菜等を栽培できるはずがないので、右推計の結果をそのまま採用することはできない。また、<証拠>中には、訴外實が昭和六〇年中に、田植をして一万円、五五アールの稲刈りをして二万七五〇〇円の、一二日間幸栄丸で人夫として働いて一日九五〇〇円、計一一万四〇〇〇円の、一一月に山林作業に従事して一三万円の、各報酬の支払いを受けた旨の各記載があるが、原告とく本人尋問の結果中の「稲刈りは九月にし、二人でやると一日に五畝(約五アール)ぐらい、五反(約五〇アール)分ならその一〇倍かかる計算になるが、被告会社の勤務を終えてからしていたので一月以上(一、二月)かかった」との供述部分及び訴外實は、同年九月には一七日、同年一一月には二四日被告会社に勤務して午前八時から午後四時四五分まで勤務していること(この事実は<証拠>により認められる。)に照らすと、訴外實が被告会社の休みの日に前認定の自宅の農作業に従事するほか、ときに日雇労務に従事することがあるとしても、右記載のように五五アールもの稲刈の賃作業をしたり、被告会社に出勤しなかった日が六日しかない一一月中に一三万円(前記幸栄丸の人夫賃の一三日分以上)の報酬が得られるほどの作業が可能であったとは考え難く、これらの点を考慮すると、その他の記載部分もにわかに採用し難いので、訴外實が日雇作業に従事して得た収入を確定することはできず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の認定事実によると、訴外實は、昭和六〇年度において、被告会社から得た収入に農業収入(前認定の約六〇万円の現金収入に家族五人が自家消費した米及び野菜等の評価額を加えると一〇〇万円程度の収益があり、そのうち訴外實の寄与分は七割程度と推認するのが相当である。)及び日雇作業による収入を加えると、二四〇万円を下らない労働による収入があったものと認めるのが相当であり、以上によれば、訴外實は、本件事故に遭わなければ、なお六七歳まで一〇年間は稼働することができ、その間毎年右金額程度の労働による収入ないし収益を得ることができるはずであったと推認することができる。なお、後記のとおり訴外實が本件事故当時、一九二万〇八〇〇円の本件年金を受給していたことを考慮すると、前認定の訴外實の家族及び扶養の状況並びに本件年金には後記のとおり要扶養者の数に応じて定まる加給年金が含まれている点を考慮しても、なお訴外實の生活費は本件年金のみで賄いうると考えられるので、同人の生活費相当分を同人の稼働能力喪失による逸失利益から控除するのは相当ではない。そこで、右収入額を基礎に、新ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を計算すると、次の算式のとおり一九〇六万七七六〇円となる。
(算式)
2,400,000円×7.9449=19,067,760円
3 訴外實の本件年金受給権喪失による逸失利益について
(一) 訴外實が、本件事故当時、年額一九二万〇八〇〇円(基本額一五四万七二〇〇円、加給金三七万三六〇〇円)の本件年金の給付を受けていたこと及び同人が本件事故死により右受給権を喪失したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、訴外實の事故死により、原告とくが遺族厚生年金の受給権を取得したこと及びその額は平成元年三月現在において年額八五万九一〇〇円であったことが認められる。
(二) 原告らは、訴外實が受給権を喪失した本件年金も逸失利益の算定の基礎とすべきである旨主張するので、以下検討する。
本件年金(昭和六〇年五月一日法律第三四号で厚生年金保険法及び船員保険法(以下、単に「法」という。)等が改正され(以下、右改正前の法を単に「改正前の法」という。)、本件年金は老齢厚生年金に統合されたが、改正前に既に本件年金を受給していた者については改正前の法の老齢年金の支給要件に関する規定の適用がある。法律第三四号附則八六条)については、被保険者である船員とその使用者である船舶所有者とが折半して保険料を負担する労働者の一部拠出制がとられ(法六〇条)、原則として一五年以上の被保険者期間を経過した船員が、五五歳に達したのち退職などにより被保険者資格を喪失し、もしくは被保険者資格を喪失したのち五五歳に達したとき、または被保険者が六五歳に達したとき等に支給するものとされ(改正前の法三四条)、支給額は定額部分のほかに被保険者期間の平均標準報酬月額が基準とされており(改正前の法三五条)、これらの規定の趣旨からすると、本件年金は、受給権者が長年保険料を負担したことの対価あるいは掛金の払戻し、ないしは過去に提供した労働の対価の繰延べ払いの性質を有するものと考えられないでもない。
しかしながら、他方、(1)法に基づく船員保険には、船員法一条所定の船員(但し、国または地方公共団体に使用されている者を除く。)のすべてが加入を強制され、同法上の職務上(通勤を含む。)災害の補償に相当する部分以外の保険給付(本件年金も含まれる。)に要する費用の四分の一及び船員保険事業の執行に要する費用の一部については、船員の使用者たる地位と直接の関連を有しない国庫がその一部を負担するものとされていること(改正前の法五八条、五八条の二)、(2)本件年金の受給権者が死亡したときは、その受給権は当然に消滅し(改正前の法三七条)、その後は所定の要件を備えた同人の被扶養者に遺族年金が支給されることになり(改正前の法二三条、二三条の二、五〇条)、その額は老齢年金の支給要件を満たす被保険者または被保険者たりし者が職務外の事由により死亡したときは改正前の法三五条の例により計算した額(老齢年金の額)の二分の一に相当する額が支払われること(なお、遺族年金の受給権者に加給の対象とされる子がある場合は加給金が支給される。改正前の法五〇条の二第一項一号、五〇条の三、但し、前記改正に伴い遺族年金は遺族厚生年金として老齢厚生年金の四分の三に相当する額と改められた。)、(3)六〇歳以上六五歳未満の被保険者(すなわち船員として在職中の者)が本件年金の支給を受けることができる場合は、老齢年金の支給が一部停止されるものとされ、その停止割合は標準報酬額が増加するに従って大きくなっており、六五歳以上の被保険者は改正前の法三四条一項の要件を満たす限り老齢年金の支給を受けることができるが、一定額以上の標準報酬額がある場合には支給額が一部停止されるものとされていること(改正前の法三八条一、二項)、(4)本件年金の加給金の額を決定し、また遺族年金の受給資格の要件となる「配偶者」の概念に内縁の者が含まれており、遺族年金の受給権者となったり、加給の対象とされる者は相続人には限られないこと(法一条三項一号、改正前の法二三条、三六条)などに加え、(5)恩給法や昭和六〇年一二月二七日法律一〇五号による改正前の国家公務員等共済組合法及び地方公務員等共済組合法とは異なり、年金受給権者の要扶養者の数に応じて支給額が増加する加給年金制度を採用していること(改正前の法三六条)に鑑みると、本件年金制度は、船員の老齢化に伴う所得の喪失・低下に対し、被保険者である船員、その使用者である船舶所有者及び国が資金を拠出してその生活を保障しようとするものであり、福祉国家の理念から導きだされた社会保障制度の一環をなす公的年金制度ととらえるべきである。そして、そうであるからこそ、その維持運営のための資金となる保険料は、あたかも累進課税制度のように、加入を強制された被保険者の報酬額に応じて決定され、その納入について事実上の強制を伴う徴収方法がとられている(被保険者負担の保険料についても、船舶所有者が納付義務を負うが、船舶所有者はこれを被保険者に支払うべき報酬から控除することができる。改正前の法六一条、六二条)が、給付は必ずしも納入した保険料に応じたものとなっていないのであると考えられる。従って、本件年金は受給権者やその被扶養者の要扶養状態に応じ、それに必要なだけの保険給付をするという、生活保障的側面が圧倒的に強い性質の年金であって、受給権者とその被扶養者の生活保障を目的として支給されるものであり、受給権者が死亡すると、その受給権者固有の生活保障の必要性が失われるから、その後は本件年金に代えてその受給権者の被扶養者の生活保障のために所定の割合の減額がされた遺族年金が支給されることになっているものであるということができ、このように受給権者の死亡によって年金額が減額されるのは、減額された部分が死亡した受給権者の生活費と同視されてその部分が控除されるからであると考えられる。従って、法においては、本件年金のすべてが受給権者(及びその被扶養者)の生活費に充てられることを制度の前提としており、生活費に充てられずに蓄積され、これを相続人が承継するようなことは制度上予定していないというべきであるから、受給権者が不法行為によって死亡し受給権を喪失した場合においても、本件年金中に受給権者の生活費に充てられない部分があるものと想定し、これを死亡した受給権者の逸失利益としてとらえ、相続人がそれを承継すると考えるべきではない。
但し、右年金受給の事実は、年金以外の逸失利益を算定する際に控除すべき生活費の額を決定する際の事情として考慮することは可能である。
これに対し、本件年金に逸失利益性があり、その賠償請求が肯定されるべきものとすると、本件年金においては、加給の対象とされる者及び遺族年金の受給権者となり得る者は相続人とは限らないので、本件年金が生活保障の対象として予定していない者がその利益を受けるという結果が生じることもあり得るのみならず、老齢年金の受給権喪失による逸失利益の賠償の請求をしている者が遺族年金(ないし遺族厚生年金)の支給を受ける場合は、右年金は消滅した老齢年金が転化したものとも考えられるから、これを損害の填補としてとらえて、賠償すべき損害額から控除するのが衡平の理念に合致するものと考えられるが、これを控除すべきものとすると、扶養を要する妻や子が遺族として残された場合よりも、世帯を別にして日常生活にかかわりの少なかった兄弟が請求権者となっている場合の方が賠償額が多くなるという結果が生ずることにもなる。さらに、本件年金のような社会保障的性格を有する老齢年金についても、受給権者が死亡した場合にその受給権喪失に逸失利益性が肯定され、その賠償請求が認められるべきものであるとすると、現に就労中で将来受給資格を得る可能性のある者についても、その受給利益(期待権)の喪失に逸失利益性が肯定されるべきであるということになり、国民皆年金の実現した現在においては、およそ人が死亡した場合には、その者の老齢年金の受給利益の喪失を一般的に逸失利益として肯定すべきであるという帰結を招来することになる。そして、その場合には、受給権取得のために納入すべき保険料ないし掛金を控除すべきかどうかが問題となり、これを控除すべきものとすれば、ときには数十年間にもわたる保険料ないし掛金の現価と得べかりし年金の現価を計算して残存する利益があるかどうかを常に検討しなければならないことになるが、そこまでの検討が常に必要であろうかという疑問も生ずる。
なお、原告らは、恩給及び共済年金については、最高裁判例によって受給権の喪失の逸失利益性が肯定されているところ、本件年金は恩給及び共済年金と同一の性格を有するものであるから、本件年金の逸失利益性が肯定されるべきであると主張するが、右判例はいずれも本件年金と種類を異にする年金についてのものであり、また恩給法には前記のような加給金制度がなく、共済年金についても右制度のなかったころの判決であるから、右主張は採用することはできない。
また、原告らは、法二五条に第三者行為の場合における損害賠償請求権の代位及び保険給付義務の免責の規定が存在することは、本件年金に損失補償的性格があることを示すものであり、逸失利益性肯定の根拠となる旨主張する。確かに右規定が存在することは、法が法に基づく保険給付(本件年金もこれに含まれる。)を損害の填補としては損害賠償と同質であるととらえていることをうかがわせるものであるが、右規定は、第三者行為が保険給付義務の発生事由としての保険事故に当たるため、右事故がなければその必要がなかった保険給付を行ったような場合(年金の場合は、第三者行為により法四〇条所定の障害年金の支給事由としての「障害の状態」が発生した場合等)を前提とした規定であると解されるところ、本件の場合は、受給権者の死亡により受給権が消滅して保険者(国)が年金給付義務を免れる(受給権者の死亡が遺族年金の支給事由になるとしても、遺族年金は被保険者に支給すべき年金よりも少ないから、いずれにしても保険者の給付義務は縮小する。)ことになるのであるから少なくとも同条一項の代位の規定は、本件年金に代わって支給される遺族厚生年金の給付の場合には適用がないというべきであり、また、同条二項適用の余地があるとしても、それは受給権者に高額の収入がある場合に支給停止があるのと同趣旨による支給停止と考えられ、同項が存在することから直ちに遺族年金(ないし遺族厚生年金)に損害填補の性質があると考えるべきものでもないから、右条項の存在は、本件年金の逸失利益性を否定する妨げとはならないものというべきである。
(三) 以上のとおりであるから、訴外實が本件事故死により本件年金の受給権を喪失したからといって、これを同人の逸失利益ととらえ、同人の相続人である原告らがそれを承継したものと考えることはできないというべきである。
4 原告らの扶養利益喪失による損害について
原告らは、予備的に、少なくとも本件年金を受けられなくなった限度において、扶養利益を喪失した旨主張するので検討するのに、前記2で認定した事実に<証拠>を総合すれば、本件事故当時、訴外實は、妻の原告とく、長男の原告尚、次女の原告広子、死亡した実父の後妻であった原告ちゑと同居しており、原告とくは前認定のとおり会社勤務をするほか農業にも従事し、原告尚は本件事故当時二三歳で志摩機械株式会社に勤務していたが、原告広子と原告ちゑは無職で訴外實の扶養を受け、長女の原告和美は脳性小児麻痺による身体障害者で職業訓練のための施設に入り、訴外實から毎月二万円の送金を受けていたこと、原告とくは、訴外實の本件事故死により農業の維持のために退職せざるを得なくなって、給与収入を失ったことが認められるから、原告とく、同ちゑ、同広子及び同和美については、訴外實の死亡により従前どおりの扶養を受けることができなくなって相当程度の損害を被ったと考えられないでもない(但し、原告尚は、事故当時二三歳で会社に勤務しており、そもそも訴外實の扶養を受けていたと認めることはできない。)。
しかしながら、前記のとおり、原告とくは訴外實の死亡により遺族厚生年金の支給を受けており、右遺族厚生年金は、被保険者及びその被扶養者に対する生活保障であるところの本件年金から被保険者である訴外實の生活費を控除した残額であると考えられることに照らすと、訴外實の被扶養者であった原告とく、同ちゑ、同広子及び同和美が本件年金から扶養を受ける利益を喪失したことによる損害は、右遺族厚生年金の受給により実質的に填補されているというべきである。なお、原告らは、訴外實の給与所得及び農業所得からも扶養を受けていた旨主張しているが、一方で同人の右所得の喪失による逸失利益の相続構成による損害賠償請求をしながら、他方で右所得からの扶養利益の喪失による損害の賠償請求をすることは、二重請求として許されないというべきであるから、扶養利益喪失による損害を認めることはできない。
5 慰謝料
本件事故死によって訴外實が受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
6 権利の承継
前記争いのない訴外實と原告とく、同尚、同広子及び同和美の身分関係によれば、同原告らは、訴外實の死亡により、法定相続分(原告とくが二分の一、原告尚、同広子及び同和美が各六分の一の割合)に従って、訴外實の被告らに対する右損害の賠償請求権を相続したものと認められる。
7 原告とくの損害
(一) 葬儀費用
<証拠>によれば、原告とくは、訴外實の葬儀を執り行って相応の費用を支出したことが認められる。
右事実によれば、右支出額中の八〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
(二) 慰謝料
前認定の原告とくと訴外實との身分関係によれば、訴外實の本件事故死により同人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
8 原告和美、同尚、同広子の損害(慰謝料)
前認定の原告和美、同尚、同広子と訴外實との身分関係によれば、訴外實の本件事故死により同人らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては各一五〇万円が相当である。
9 原告ちゑの損害(慰謝料)
原告ちゑが訴外實の義母であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告ちゑは、昭和二四年一二月九日に訴外實の父藤本長兵衛と結婚し、以来同人及び訴外實と同居し、昭和四六年に長兵衛が死亡したのちも訴外實と同居して同人の扶養を受けてきたものであり、訴外實とは法律上の養親子関係に準ずる関係にあったものと認められるから、訴外實の本件事故死により相当程度の精神的苦痛を被ったであろうことは容易に推認し得るところである。従って、右精神的苦痛に対する慰謝料としては五〇万円が相当である。
四 過失相殺及び好意同乗による減額の主張について
被告らは、訴外實には、疲れていた訴外井田に運転を委ねて助手席で眠り込み、訴外井田の眠気を誘った過失がある旨主張するので検討するに、<証拠>によれば、訴外井田及び訴外實はいずれも被告会社の舞鶴作業所に保線作業員として勤務していたものであり、事故前日の昭和六一年六月一七日は、右両名とも、同作業所の他の二名の作業員とともに午前八時三〇分ころから午後三時ころまで枕木の交換作業に従事し、作業終了後いったん自宅に帰って夕食等を済ませたのち、被告会社福知山出張所綾部作業所の作業の応援のために、同日午後一〇時ころ再び舞鶴作業所に出勤して、訴外井田運転の事故車で他の二名の作業員とともに山陰本線和知駅に赴き、午後一一時三〇分ころから翌一八日午前三時ころまで同駅と同線下山駅間でレールの運搬等の作業をしたのち、往路同様訴外井田運転の事故車で舞鶴作業所に帰る途中、本件事故が発生したこと、右事故の態様は、出発地点から約三七・九五キロメートル走行して、綾部市から舞鶴市に通ずる国道二七号線の片側一車線のわずかにカーブした平たんな道路を進行しているときに、訴外井田が、前日の朝からの仕事の疲れと深夜の単調な運転のために居眠り運転をして、事故車を対向車線とその外側の歩道との境に設置されたガードレールの端に激突させたというものであり、事故当時、訴外實は助手席に、他の二名の作業員は後部座席に乗車していたが、いずれも眠り込んでいたこと、舞鶴作業所では、本件事故当時、作業現場までの往復のための車両を運転する者を特に指定しないで、運転免許を有している作業員(本件事故当日の深夜作業に従事した四名の作業員の中では訴外井田以外にも訴外實ほか一名が運転免許を有していた。)の自主的な決定に委ねていたが、右三名の運転免許保有者の中で訴外井田が最も若く、入社時期も最後であったこともあって、同人が運転することが多く、本件事故の際も当然のようにして同人が運転したものであること、本件事故当時、舞鶴作業所では、作業員の移動のための車両を運転する者の作業について特に配慮をしておらず、本件事故当日の深夜作業の際にも、帰途の安全のために運転予定者に仮眠時間や特別な休息を与えるようなことはしなかったことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、訴外井田が居眠り運転をするに至ったのは、前日の朝からの仕事のために相当疲れていたことが最大の原因であると考えられるところ、訴外實は、訴外井田とともに前日の朝から作業に従事し、同人の疲労の状況についてもある程度分かっていたはずであるから、同人に運転を任せて眠り込むことなく、同人の運転状況に注意し、途中で運転の交替を申し入れていれば事故が発生しなかったであろうといえなくもない。しかしながら、事故車が出発した地点から本件事故現場までの距離は約三七・九五キロメートルであって、多少の疲労があっても通常は緊張を持続しうる範囲内であるということができ、また、自動車の運転中に隣席で居眠りをすれば、運転者も眠気を誘われるということは経験則上ありうるものとされているが、そのような場合には、運転を一時中止して眠気を覚ますべき注意義務が運転者に課せられているのであり、訴外實と他の作業員二名が眠り込んだことは、むしろ前日朝からの作業と事故前の深夜作業が訴外井田を含む四名の作業員全員にとってかなり酷しいものであったことをうかがわせるものであって、事故前の作業がこのような深夜作業であるのみならず、綾部作業所の応援作業であって、通常の場合よりも作業員の移動のための運転が長距離であったにもかかわらず、被告会社が運転を担当する作業員の仮眠ないし休息について何らの配慮をしなかった点にも問題があったといわざるを得ず、このような点を考慮すると、訴外實が助手席に座り他の二人の同僚とともに居眠りをしていたことが、過失相殺をするのを相当とするほどの過失ないし落度に該当するとはいえない。
また、被告らは、訴外實の事故車への同乗が好意同乗に当たるとして、そのことによる減額の主張をしているが、前認定のとおり、本件事故は、被告会社の指示で綾部作業所の応援に行き、その作業を終えた帰途で発生したものであり、訴外實が訴外井田の運転を代わり得る立場にあったとしても、事故車の運行自体は被告会社が指示した業務に密接に関連し、業務の一部をなしていたと考えられるから、いわゆる好意同乗に該当する場合とはいえず、右主張は採用し得ない。
五 損益相殺
1 請求原因4(七)(損害の填補)及び抗弁2(一)(治療費二五万六七四〇円の支払い)は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右争いのない填補額合計二九一一万四八八〇円を法定相続分に従って原告ちゑを除くその余の原告らに分配し、訴外實から相続した損害に充当したものと認められる。
2 抗弁2(二)のうち、原告らが被告会社から香典として五〇万円を受領したことは当事者間に争いがないが、前認定のとおり、訴外實は被告会社の従業員であり、業務ともいえる状況の下において本件事故が発生していること、及び被告会社は原告らに対して別に五〇万円を支払っていて、これが損害の填補に当たることは当事者間に争いがないことを考慮すると、右金額が社会通念上香典として相当な範囲を超えているとはいい難いから、右金額は原告らに対する贈与の意思で交付されたものと認めるのが相当であり、損害の填補とは認められない。
3 同2(三)(労災遺族補償年金)について
(一) (1)について
被告らは、労災遺族填補年金として原告とくに対し、将来にわたり継続して毎年六八万二一〇〇円が支給されるので、将来の給付額についても損益相殺の対象とすべきである旨主張するが、政府が保険給付をしたことにより、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が労働者災害補償保険法一二条の四に基づいて国に移転し、受給権者がこれを失うのは、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られるから、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は、損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害額から控除することを要しないものと解される(最高裁昭和五二年五月二七日第三小法廷判決、民集三一巻三号四二七頁参照)から右主張は採用し得ない。
(二) (2)のうち、原告とくが労災遺族補償年金として二三万〇〇〇九円を受領したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない丙第三二号証によれば、右労災遺族年金の受給権者は原告とくであることが認められるから、原告とくの被告らに対する損害賠償債権額から控除すべきである。
4 同2(四)のうち、原告とくが、遺族厚生年金として、二七九万〇八三八円を受領したことは当事者間に争いがないが、本件年金の受給喪失による逸失利益が認められないことは前記のとおりであるから、被告らに対する損害賠償請求債権額から原告とくの生活保障のために支給される遺族厚生年金を控除するのは相当ではなく、右主張は採用しない。
5 同2(五)のうち、原告らが訴外朝日火災海上保険会社から搭乗者死亡保険金として五〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないが、右保険金は実際に生じた損害額とはかかわりなく定額とされているうえ、保険約款上も、商法六六二条所定の保険者代位の規定の適用が排除されていることは当裁判所に顕著な事実であり、右事実に照らすと、右保険金は、損害の填補としての性質を有するものとは認められないから、右保険金額を損害賠償債権額から控除することはできないものというべきである。
六 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らは原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、又は支払いの約束をしているものと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、結果等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用は、原告とくについては三〇万円、同尚、同広子及び同和美については各七万円、同ちゑについては五万円と認めるのが相当である。
七 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告とくは三四七万五五〇一円、同尚、同広子及び同和美は各七七万一八三六円、原告ちゑは五五万円並びに右各金員に対する本件事故の日の後である昭和六一年六月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条及び九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同法一九六条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 二本松利忠 裁判官 永谷典雄)